腕が、酷く重かった。
空気が身体中にまとわりつき、泥のように沈んでしまいそうになる。
近衛頼人(このえよりひと)は、銃のグリップを握り直し、視線の先に集中しようとした。
──動くな!こいつがどうなってもいいのか!?
裏返る男の声。
腕には大型のサバイバルナイフと、怯えた目をした少女が見える。
よく見知った顔の少女は、震える唇で、近衛を呼んだ。
──お兄ちゃん。
銃が重い。腕が震え、照準がぶれる。
お兄ちゃん、と少女──由岐(ゆき)は、小さく頷いた。
──大丈夫、私なら平気だから。
──だから、撃って。
うるさい!と男が怒鳴り、刃が由岐の喉へ迫る。
近衛は唇を噛み、トリガーにゆっくりと力を込めた。
知っている。
この光景を、俺は知っている。
近衛は、もう一人の自分を、いや、”あの日の自分”を、後ろから見ていた。
あの日、通り魔が妹を襲った日を、夢の中で繰り返している。
そしてこの先も知っている。
倒れた男と、そして、血に濡れた妹の姿。
ただ一人、硝煙を上げる銃を握り締めたまま、呆然と立ち尽くす自分……。
全ては最悪の結末を迎えると、今の自分は知っている。
青ざめた顔で銃を握る過去の自分に向かって、近衛は叫んだ。
── 撃つな!
この先の未来を見た。体感し、心から後悔した。
しかし、『時は戻らない』。
だからこそ、近衛は必死に叫び続けた。
──よせ、止めろ……!
引き金に力がかかる。
そして、運命の刻は訪れた。
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