あの頃、私は退屈していました。
 父はそこそこ立派な研究者で、医者でした。戦争中でしたけど、私たち家族は裕福な家庭だったと思いますよ。私は小さかったですけど苦労した記憶はありません。
 私にはちょっとした持病がありました。熱が出やすいとか、そういう小さな病気を繰り返していました。過保護な母親のせいで外に遊びに行くのもままなりませんでしたね。だから遊び場は専ら、父の診療所でした。
 父の診療所はいつもガラガラでした。戦争中だというのに、不思議でしょう?私は今も不思議なんです……後から知ったのは、なんでも少し変わった人たちばかりを診ていたからだとか。その辺は詳しく知りません。でも一人だけ、心に残っている患者がいました。
 その子の名前は今でもわからないんです。ただ、私と同じくらいの背格好で、女の子なのにまるで男の子みたいな見た目をしていたのは覚えています。フードを目深に被って、退屈そうに待合室の椅子に腰かけていました。
 すぐに仲間だ、と思いました。退屈仲間。子供ってそういうのに敏感なんです。あの子も同じことを思ったんでしょうね。私たち、目が合った瞬間に意気投合しました。
 あの子には男の人がついていました。男性と父はよく熱心に話し合っていて、あの子はいつもぼんやりと座っているだけでした。私が自分の部屋から絵本を引っ張り出して隣で読み始めると、あの子はじっと覗き込んできました。私は「読む?」なんてわざわざ聞かなかった。それでもう、友達でしたから。

 その後も、彼女とは数回会いました。フードで顔はあまり見えませんでしたが、声で女の子だとわかっていました。少しですが、会話も。でも何を話したのかほとんど覚えていません。
 覚えているのは、最後にあった日のことです。
 いつものように待合室に来た彼女と、私は本を読んでいました。ページをめくるのは私の役割でした。でもその時は、彼女も先を読もうと手を伸ばしたんです。私と彼女の手が触れて、静電気が起きました。小さな火花が出るくらいビリっとして、思わず手を引っ込めました。
 のけぞった拍子に彼女のフードが外れ落ち、私は初めて彼女の顔を見ました。そして思わず……息を呑みました。
 彼女の右目の上辺りから、角のような、瘤のようなものが生えていました。今思えば、何か病気の後遺症だったのかもしれませんが、幼い私はそれだけでもう恐ろしくて、逃げ出してしまったんです。
 そんなことがあってから、私は二度と父の診療所には近づきませんでした。でも本当はずっと心に残っていたんです。私が逃げ出す前に見せた、彼女の悲しそうな表情が。
 後悔しています。もしもまた彼女に会えたならあの時のことを謝りたい。だからあの子に会えたら伝えてください。今度こそ友達になろうと、自分の口から伝えたいから。

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