その日の朝は珍しく、雪が止んでいた。曙光が積み上げた雪をきらきらと輝かせ、その中心にかろうじて通れるくらいの道が出現している。ウサギの小さな足跡が庭をジグザグに横断していた。

 雪かき用のシャベルを納屋に置いて居間に入ると、ニーナ以外の子供たちは背中を向け窓の外を食い入るように見ていた。ニーナは退屈そうに椅子に座って足をぶらぶらさせている。
 「……お前ら、何見てるんだ? 」
 だが返答が無い。不思議に思って子供たちの背中越しに外を眺めると、たった今引き上げてきたばかりの庭を横切って、見慣れぬ男たちがこちらへ歩いてくるのが見えた。ほとんど無意識に数を数える。四人。それも大柄な軍人ばかりだ。
 「奥の部屋に行っていなさい」
 自分でも驚くほど冷淡な声が出て、気が付くとそう子供たちに命令していた。子供たちは驚いた顔でこちらを振り返るが、動こうとしない。
 「早く」
 苛立ちより、祈るような気持ちが言葉に滲む。数週間前から覚えていた朧げな予感が、急に像を結んだような不安があった。
 子供たちが部屋を出て行ったのを見計らったかのように、ノックがあった。
 「朝早くに申し訳ないが、ここを開けてもらえないか。少し話があるんだ」
 思っていたよりも優しく、親し気な調子で声が告げる。知らぬ人が聞けば旧知の仲だと思うだろう。だが気さくな声の中には、有無を言わせない響きがあった。
 小さく毒づいてから玄関へ近づく。
 鍵を開けると、すぐに男がドアを開け広げた。
 「……悪いが入らせてもらうぞ」
 「なんなんだ、あんたら。ここは休憩所でもなんでもないぞ」
 男たちはささやかな抗議を無視して次々と上がり込んでくる。黒い軍服に階級を意味する記章がひとつも見当たらないことに気が付いた。
 一際目を引いたのは、最後にやってきた黒髪の男だ。一本の鉄でできた義足の左足を見せつけるかのようにゆっくりと歩いてくる。端麗な顔立ちと相まって、男の姿は異様に映った。
 「やぁ、お邪魔するよ」
 黒髪の男はにこやかに言って玄関へと足を踏み入れる。わざとらしく辺りを見回し、最後に薄紅色の瞳を真っすぐこちらへ向けた。
 「重ねてすまないが、椅子に座らせてもらえるかな? 何せ足がこれなものでな……やれやれ、忌まわしい」
 男が左足を引きずる度に、鉄の擦れる嫌な音が響いた。ここにいるのが当然のように振る舞う姿は、力を持った者特有の余裕と威圧感に溢れている。渋々椅子を渡すと、男はゆっくりと座った。
 「あぁ、ありがとう。しかし言っちゃ悪いが辺鄙な場所だな、ここは。話し合うには格好の場所と言えるかもしれないが」
 「……何も話すことはないと思うが? 」
 三人の男は、座った男よりも年上のように見えた。戦時中の旧軍服を身にまとい、記章を外し、手を後ろにした状態で座った男を囲んで立っている。一人の男が顎で椅子を指し示した。どうやらこちらも座れということらしい。
 「いいや、たくさんあるさ。しかしどんな話からしようか……とりあえず、ここに来た理由から話そう。俺の名前はコンラッド。あなたをスカウトしにきたんだよ、先生」
 「スカウト? いや、そんなことより……」
 先生、と見知らぬ男から呼ばれたことに恐怖する。目の前の男はあくまでにこやかだ。そうだと頷いて、コンラッドと名乗った男は話を続けた。
 「あぁ、その話もすぐにできるさ。我々はあなたが思っているより多くの情報を得ている。あの厄介な『機関』から色々教えてもらうのに骨を折ったよ。だけどその結果、俺はここに来た。雪に閉ざされ世間から隔絶された、この館にね」
 それが何を意味するのか、問われるまでもなかった。
 「もう一度言おう。アンタ連れ出しに来たんだ。この館にいる子供たちの指導者になれるのはアンタしかいない。そうだろう? 先生」
 「断る」
 条件反射的に口をついて出た言葉に、男たちが薄ら笑いを浮かべる。最初から存在しない答えを言って母親を困らせる子供を見るような表情だ。
 コンラッドは仰々しく天を仰いだ。
 「はは、なるほど。それはどうしてか聞いていいかな? 」
 「答えが必要な質問か? 俺が子供たちの面倒を見ているのは知っているだろう。だが、あの子たちは普通の子供じゃない。特殊な力を持っている。そんな子供をどこの誰ともわからない軍人気取りの奴らに渡せと? 冗談もほどほどにしろ」
 「軍人気取りときたか」
 コンラッドの口にはまだ笑みが浮かんでいたが、その目は凄みを帯び始めていた。
 「……悪いが先生、訂正させてもらおう。ここにいる我々こそ、この国にふさわしい〝本物の軍人〟だ。今、軍部に据えられている木偶達のほうが、アンタの言うところの気取り屋風情だ」
 無意識のうちに、コンラッドが嘘をついていないことを悟って戦慄する。彼らの立ち振る舞いは、かつて戦時中に見た上官と部下の関係と同じだ。そして自身が軍人であることに固執している。
 脳裏にかつて見た新聞の切れ端が浮かんだ。
 戦争の継続を訴える者、政治家の襲撃、暴動……。
 「どうして……子供たちを必要としている? 」
 嫌な予感を覚えながら問う。コンラッドは鼻で笑った。
 「この国の未来のために、もう一度戦う為に。俺たちは力を探している。今はまだ小さく、弱弱しい力でも、正しい『場所』と『指揮者』があれば彼らは無限にその力を発揮できる。その『場所』の名前は戦争。そして『指揮者』は先生、アンタだ。いや、ちゃんと呼んだほうがいいな。その『指揮者』の名前は……

 フランク・オルトア。だよな? 先生?」
Book Top  目次   back   next


inserted by FC2 system