その時小さく物音がして、その場にいた全員の視線が廊下の先にある扉へ注がれた。

 「おや。お客さんがいるようだ」
 コンラッドは楽しげに言う。隣にいた男が目配せしたが、コンラッドが小さく被りを振ると直立不動の姿に戻った。
 「まぁいいさ。別に誰が聞いても困る内容じゃないだろう? なぁフランク先生、俺の提案は悪くないと思わないか? あの子たちの処遇だって今より良くすると約束する。それに今すぐ決めろと言ってるわけじゃない。あの扉の向こうにいる子供たちと話し合ってくれ」
 呆然としていたフランクが、ゆっくりと顔を上げた。
 「……お前はどこまで知っているんだ。『アダムス機関』の人間から情報を得たと言っていたが」
 「どこまで? アンタのことは大抵調べさせてもらったよ。まぁ俺の推測も入っているんだが、そこまで外れてないだろう。ちょっと答え合わせをさせてくれよ」
 「いや、いい。止めてくれ」
 青ざめて首を振りながら、ちらりと扉のほうへ視線を寄越す様を、コンラッドは見逃さなかった。嗜虐的な笑みを浮かべて、さながら獲物を見つけた猫のように目を細める。
 「──なぁ、先生? アンタまだ、自分に選択肢があると思ってるのか? 」
 フランクの瞳の中に怯えた感情を見て取ると、コンラッドは満足そうに息を吐いた。
 「そうだな……アンタは従軍していた。と言っても若い軍医として、主に後方支援に回っていた。前線から送られてくる兵士の手当が主な任務だったそうだ。だがしばらくして、戦争はほんの一時休戦になった。全く無駄な休戦だったが。すぐに敵が協定を破って攻め入ってきたからな……ああ、なんの話だった?そう、それでアンタはその休戦の時、短い休暇を取ったんだ。そして復帰した後は、人手不足だかなんだか知らないが、何故か前線に配置された。戦争が終わった頃には、アンタは軍医から立派な兵士になっていた……そしてこの館に来た」
 小さく息を吐いて、コンラッド足を組む。
 「さて、アンタがなぜこの仕事を請け負ったか、俺の推測を言わせてくれ。やろうと思えば病院にでも勤めることはできただろうに、どうしてこんな辺鄙な場所で、異能の子供の相手なんかしているのか。思うに……子供たちの数が〝7人〟だったからじゃないか? 」
 ピクリ、とフランクの肩が動いたのを見て、コンラッドは満足げに微笑んだ。
 「7人。これはアンタにとって大きな意味を持つ。なぜなら……」
 「やめろ」
 「話は最後まで聴けよ、先生。なぜならアンタは前線で……」
 「先生と呼ぶな。止めろと言っているんだ」

 「……同じ数だけ、人を殺しているんだからな」

 「やめろ!!!!」

 叫んで立ち上がったフランクを、男たちが押し留める。コンラッドは扉を見やって唇に人差し指を押し当てた。
 「しぃ。先生、そんな大きな声を出したら子供たちがびっくりする。別にいいじゃないか。実に誇らしい戦果だ、だろう?」
 フランクは肩を震わせながら玄関を指さした。
 「……出て行け。お前ら全員、今すぐにだ」
 怒りに震えるフランクとは対照的に、コンラッドは軽い調子で肩を竦めた。
 「わかった、わかった。だけどこれだけは言わせてくれ。俺たちはアンタの味方だ。これだけ将来有望な人材が集まっているのに、こんな場所で燻り続けているのは、国家の損失だと思わないか? アンタは償いのつもりかもしれないが……」
 フランクがコンラッドに掴みかかる。「出て行けと言っているんだ!」
 男たちに引き剥がされながら吠える姿に、コンラッドは一瞬目を丸くした。が、すぐに元の調子で軽薄な表情を作る。「もちろん、そうさせてもらうさ」
 左足を庇いながらのろのろと立ち上がり玄関へ向かうその姿を、フランクは睨みつけた。後から大男たちが続く。コンラッドは玄関のノブに手をかけたまま、思い出したように後ろを振り返った。
 「なぁ、先生? ここは本当に不便だろう? 郵便物もろくに来ないし、人家も無い。どこへ行くにも一苦労だ……ましてや、子供連れなんて」
 恐怖を気取られぬよう怒りの形相を保つので精一杯のフランクは、奥歯をぎりと噛みしめる。
 「飢えた狼や熊が徘徊する森を抜けるなんて選択肢は無い。当然だ。だから先生、妙な気は起こさないでくれよ。何度も言うが、俺たちは味方なんだ」
 考えていることなんてお見通しというわけか──何も言わないまま立ち尽くすフランクに、コンラッドは射貫くような瞳を向けた。
 「それじゃあまた。──アンタ、ちょっと俺に似ているよ、先生」
 ***

 雪で白く染まった庭を抜け、待たせていたランドーレット屋根の車に乗り込んだ瞬間、コンラッドは薄笑いを止めて薄紅色の瞳を館に向けた。
 「……敗北者め」
 憎々しげに吐き捨てると同時に車が動き出す。先ほどまで晴れ渡っていた森の上に、分厚い雲が姿を現し始めていた。

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