モーリスタン州クダハの森に旧トリス邸があったのは、いまからおよそ20年前のことだ。終戦直後のクダハの町には戦争孤児が溢れ、職を失った兵士たちが昼夜問わずたむろしていた。
 トリス邸は、冬の間深い雪に閉ざされる森の中にあった。雲間から差すわずかな陽光が森を白灰色に染め上げることから、館はいつの頃からか『灰の館』と呼ばれるようになったと言う。

 トリス邸はその頃、戦後処理機関に買収され、ある目的のために利用されていた。私はその頃を知る数少ない人物として、『子供たち』と呼ばれていた存在について記しておきたいと思う。

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 〝アルカディア〟と呼ばれるこの計画において、子供たちは戦争用の兵器であった。
 かの悪名高きナトゥールの研究所が、実験の名の元に非人道的行為を繰り返していたことは周知の事実である。そのすべては人体の限界の探求と、このクダハに古くから生まれていた異能者を研究することに費やされた。
 異能者の中でも、まだ社会的役割を果たしていない幼子は、育成の観点からも非常に有益な実験対象とされていた。絶対服従の精神を植え付ける為、心理的に操ろうとの試みがなされたのだ。その結果、夥しい数の被験者が精神的、肉体的に崩壊しこの世を去ることになった。
 だがここで言う『子供たち』は、それらの人々とは違う運命を辿った。戦争は終わり、研究所は秘密裏に解体させられた。生き残った被験者たちはそれぞれの収容所へと移され、そして『子供たち』はトリス邸へ──灰の館へとやってきたのだ。

 私がこの本を執筆するのは、偏に記憶を掘り起こし、かつての罪の残滓とも言える面影を記録するためである。そして『子供たち』が生きていた証を残すためでもある。
 当時を知る多くの人から取材を重ねた。協力していただいた全ての方に感謝したい。

 (トリス邸についての歴史は、我が愛弟子でもあるフランク・オルトア著『七つの大罪:クダハ戦後史』に詳しく記されているので、ここでは割愛する)
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