『アルバさんのところに行く』というのは、俺と子供たちだけに伝わる散歩の符丁だ。
 アルバさんというのは、このトリス邸から一番近くに住んでいる老夫婦の旦那さんのことだ。奥さんはキャリンさんと言って、トリス邸の敷地のすぐ外に住んでいる。なんでも昔はここで御用聞きのような仕事をしていたらしく、俺たちも買い出しを頼んだりと、何かとお世話になっている。
 最初は極秘扱いの計画に一般人を加担させるのはいかがなものかと思っていたが、あの二人に会ってみてなんとなく悟った。二人はちょっと変わっているというか……とにかく喋らない。言葉を交わしているところを見たことがないし、俺との意思疎通もニコニコしながら頷くだけ。害は無いが、かなり変わった人たちのようだ。

 アルバさんのところへ行くときは、毎回一人を連れていくのが習慣となっている。残りの皆は残念ながらお留守番だ。時間もそこまでかからない上に「お利巧にしておけば次の散歩に連れていってもらえる」という条件がある為、今のところ子供たちだけでもお留守番ができている。
 今日の散歩当番は、イーニアスだった。こいつのイタズラには手を焼きっぱなしだが、散歩の時だけはおとなしい気がする。今日もあっちこっちと脇見は激しいものの、比較的静かに着いてきていた。
 クダハの秋は長い。ゆっくりと紅葉していく木々の間を歩くのは、俺にとっても癒される時間だ。そんなことを考えながら歩いていると、イーニアスが「あ」と小さく声を上げた。木の根元に、小鳥の死体が落ちている。
 どこかから落ちたのか、何かの病気だったのか。小鳥は首を曲げた形のまま目を閉じていた。イーニアスは少しも躊躇うことなく小鳥を掴みあげる。手のひらに乗せたところで、俺は「ダメだ」と制止した。
 ……何をしようとしているのか、すぐにわかった。彼は自分の力を使って、小鳥を蘇生させようとしている。案の定、イーニアスは不服そうに頬を膨らませた。
 「……なんでぇ?」
 「力を無闇に使っちゃダメだと教えただろ。特にお前の力は強すぎるんだ」
 ──死者を蘇らせる力。
 イーニアスに与えられた能力は、思った以上に厄介なものだ。生き返らせるといっても死ぬ前の状態に戻る訳では無い。しばらくすればまた元の死体へと戻ってしまう……それがどんなに残酷な事か。
 「なぁ、イーニアス」
 しゃがみ込んだ俺とは目を合わせようとせず、イーニアスは手の中の小鳥をじっと見つめている。
 「死ぬっていうのは、絶対に元に戻らないって事なんだ」
 「……だけど、俺が触ったら動くよ?」
 「そうだな。だけどずっとじゃない。俺たちみたいに歳をとらないし成長しない。そしてしばらくしたらまた死ぬんだ……死ぬのはとても恐ろしいし、もしかしたらとても痛いかもしれない。お前はこの小鳥さんに、もう一度怖くて痛い思いをさせるのか?」
 これは効いた。イーニアスは途端に怯えたような顔で俺を見上げる。
 「……しない。俺、こいつにそんなことしないよ」
 ちょっと脅しすぎたかもしれないと思いつつ、俺は微笑んでみせた。
 「よし。それなら小鳥さんのお墓を作ってやろう。死んだら皆そこで眠るんだ」
 この小鳥さんももう眠らせてやろう。そう言うとイーニアスは少しだけ躊躇ったが、細い白樺の根本に小鳥を置いた。土をかけて、更にその上から落ち葉を数枚、それから墓標代わりに小さな石を乗せる。出来上がった墓は、言われてみなければわからないほど周囲の風景に溶け込んでいた。
 イーニアスは墓を見つめていたが、やがてのろのろと立ち上がった。何度も墓を振り返りながら歩くイーニアスを、俺は悲しい気持ちで眺める。
 死んでしまったら。例えどんなに生きていて欲しい人でも、例えそれがどんなに辛いことでも、『生き返る』という選択肢があってはダメだ。それは死ぬ以上の悲劇だ。
 だけど俺にも蘇生の能力があったら、使わずに生きていける自信は無い。特に、あんな戦争を体験してしまったら……『死の無い世界』を夢みてしまう。
 それでも、夢は夢なんだ。終わってしまった夢。叶うことの無い夢。

 小鳥はもう、二度と飛ばない。

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