うんざりするくらい雪が降っている。来る日も来る日も雪だ。
 子供たちも雪の降り始めた頃は喜んで遊んでいたが、今じゃすっかり飽きている。陽の射さない庭は白というより灰色……なるほど、灰の館と呼ばれるだけのことはある。
 俺は早朝と夕方、一日二回雪かきするのが日課になった。人通りなんて無いが、ある程度動けるくらいには雪を退かしておかないといけない。
 それに、ニコラのこともある。冬の間、大樹のうろが雪で閉ざされてしまうことのないよう、俺は毎朝雪かきすることにしていた。

 今朝、ニコラが声をかけてきた。ほとんど毎日眠っているニコラと会話できる機会は少ない。俺は大樹の洞を覗き込んだ。
 「先生、おはよう」
 「やぁニコラ……寒くないか?」
 ニコラは冬でも夏でも薄いシャツ一枚だ。暑さ寒さを感じないと言うが、俺からしてみると寒々しく見えてしまう。ニコラは小さく微笑んで、首を横に振った。
 「大丈夫だよ。先生も、友達と同じことを言うんだね」
 「友達?」思わず聞き返す。子供たちの誰かだろうかと考えを巡らせる俺に、ニコラはバツの悪そうな顔をした。
 「あぁ、先生は知らないよね……ずっと昔、先生たちがここに来る前に住んでいた、女の人だよ」
 初耳だ。俺は雪かき用のシャベルを置いて、大樹の洞の傍に座った。そういえばニコラの話をじっくり聞く機会なんて無かった。
 「そんな人がいたのか。どんな人だったんだ?」
 「……元気な人だったよ。そして、とても歌が上手だった」
 ニコラは少しだけ目を伏せて、静かに語る。
 「その人は、たった一人でここに住んでいてね。元々は大きな街で歌手をしていたんだって。でもある日、お金持ちの人からここに住むよう言われて、それでこの館に引っ越してきたんだ」
 「ふぅん……? なんだかよくわからないが、そんな人がいたんだな」
 「うん。ここには僕とその人しかいなかったから、いろんなことを話し合ったよ。だから館に何があるのか、僕も大体わかっているんだ」
 確かにニコラの知識は俺にとって有益だった。この場を動けないはずのニコラが、どうして物の場所を的確に答えることができるのか不思議だったが……謎が一つ解けた。
 だがそれにしても妙な話だ。その女の人は何故、金持ちの言いなりになんてなったんだ?
 疑問が顔に出ていたのか、ニコラは問いに答えを返す。その顔はどこか大人びていて、寂しそうだった。
 「……そのお金持ちの人はね。そこから動けない息子の為に、話し相手が欲しかったんだ。だから……故郷の家族を一生養う代わりに、あの人をここに住まわせたんだよ」
 お金持ち。女性を一人、金で買えるくらいの。そしてその人の息子は、この館から動けない……。
 ぐるぐると思考を巡らせる俺に向かって、ニコラは呟くように言った。

 「先生は知っていると思っていたんだけど。僕はトリスさんの息子なんだ」

 俺はただ呆然とする他なかった。何十年も前に亡くなった館主の子供が目の前にいるなんて、想像もできなかったからだ。その後何かを話したような気がするが、まるで覚えていない。ただ、ニコラが寂しそうな笑みを浮かべる理由が分かった気がした。
 一体どれくらい長い間、あいつは一人であの狭い洞から外を眺めて過ごしてきたのか。そしてその〝友達〟がここを去ってから、どれくらいの時間が経っていたのか……。
 ニコラにとって俺たちは、いつか出て行く同居人でしかないのかもしれない。それはあまりにも悲しい話だ。せめて俺たちがいる間に、山ほどの思い出を作ってやりたい。人間より遥かに長く生きるあいつの寂しさを、少しでも埋められるように。

Book Top  目次   back   next


inserted by FC2 system