何度言ったらわかる? 儂はただの樹木医だ。あんたの言う子供のことなんて知らんよ。
 ……あの館のことなら多少話は聞いておる。地元のモンなら知らん奴はおらんだろうて。トリスの旦那様が、妾の為に買い与えた豪邸だ。
 しつこいな、あんたも。やれやれ、老いぼれにこんな大金をやるなんて……後悔するぞ。

 あぁ、トリス邸には一度だけ行ったことがある。樹を診て欲しいと言われてな。そりゃああれだけ広大な土地があるんだ、大樹のひとつやふたつあるだろうと思って、特におかしいとも思わんかった。
 儂は診る前に、必ず所有者に樹のことを聞くんだ。どういう樹で、どういう環境にあったか、とかな。例えば前年にどんな虫が大量発生したかとか。だが、儂に話を持ち掛けた相手は「わからない」の一点張りだった。それで初めて、何かおかしいと思ったんだ。
 トリス邸は想像より小さな屋敷だったが、立派な庭園が残されていた。ちょっと手を加えればいい庭になったろう。その庭の隅に、一本の巨木があったんだ。
 儂を連れてきた男は巨木を指さして言った。
 「今から見るものを、絶対に他言するな」と。
 ふん、あんな若造の言葉を守るわけないだろう。ああはいはいと聞き流して、儂は診察の準備に取り掛かった。ところがだ。
 大樹のうろの中から、声がするんだ。誰かそこにいるんですか、とか細い声がな。
 儂は子供か何かが入り込んで悪さをしているのだろうと思ったよ。子供と言うのは時々、思わぬところに現れてイタズラしていくからな。
 儂を連れてきた男はその声に二言三言返事をした。そして儂に、この子供を診ろと言ってきた。バカを言うな、儂は樹木医で人間の医者じゃないぞと言い返しながら樹の洞を覗き込んだんだ……。
 あぁ、確かに子供だった。樹の洞の中に、一人の男の子が座っていた。だがその下半身は……今でも信じられん。あんな生き物がこの世にいるとはな。その子は、下半身が丸ごと樹だった。いや、樹から少年が生えていると言った方がしっくりくるかもしれん。とにかく儂は腰を抜かして、何かわめいた。それしかできんかったからな。
 男は儂の首根っこを摑まえて、繰り返した。この子を診ろ、他人に喋るなと。
 儂は震えながら子供を『診た』。子供は少し驚いたような顔をしていたな。あまり目を合わせなかったからほとんど覚えておらんよ。
 なんとか防虫剤を塗布して傷んだ部分を補修したが、儂は冷や汗が止まらなかった。震えたまま仕事を終えた儂に、その子供は小さく「ありがとう」と言ったんだ。悪い子ではなかったのかもしれんが、儂は耐えられなかった。その場から逃げるように去って、それでもう二度とあの屋敷には近づかなかった。

 もういいだろう、この話は。つい話しちまったが、こっちは老い先短いんだ。これくらい許されるだろうよ……。

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