神経を尖らせていた耳に聞きなれない音が届いたのは、それから数時間が経った頃だった。
 ぺた、という微かな音に一瞬気を取られた。子供たちは隣の部屋で寝ているはずだと耳を澄ませていると、小さな足音がぺたぺたと廊下を移動する。音はフランクの部屋の前で止まった。
 さてはトイレか、怖い夢をみたか──だ。
 小さく苦笑いして扉を開けると、そこには予想通りニーナがはにかみながら立っていた。
 「こんな夜中にどうしたんだ?」
 ドレスタイプのパジャマを着て、もじもじとしたまま何も話そうとはしないニーナの前にしゃがみこむ。もう一度同じ問いをしようとした時、ニーナはようやく小さな声で答えた。

 「あのねぇ……ニーナ、つよくなったんだよ」
 「……え?」
 「うんとね。ニーナ、つよくなったからね、だからだいじょうぶだよ。せんせいもね、せんせい、ぎゅーってして」

 フランクはふっと肩の力を抜いて笑う。あぁ、この子は寝ぼけているんだな。
 まるでちぐはぐな言葉の中にも優しさが垣間見えて、フランクは微かに切なさを覚えた。もしかしたらこの子なりに俺のことを慰めようとしてくれているのかもしれない。
 もちろん、と答えて抱きしめる。しばらくするとニーナの肩が震え始め、目から大粒の涙が零れ落ちた。   
 「ニーナ!? 」
 どこか悪いのか、それともやはり朝の件でショックを与えてしまったのか。いつもなら泣き叫ぶニーナが静かにはらはらと涙を零す姿に、フランクは不安を覚えた。
 「……せんしぇ、あのね、あのね、ごめんなさい……」
 「謝るのは俺のほうなんだ。ごめんな、怖い思いをさせて。本当にごめん」
 「うーうん……しぇんしぇ、だめだった。おとなだから。ごめんなさい。泣かないで。しぇんしぇ、だいじょうぶ? 」
 相変わらず脈絡のない会話だが、なんとなくこちらを気遣っているような優しさが伝わってくる。もう一度抱きしめて、フランクは唇を噛んだ。
 こんな優しい子供たちを、俺は裏切ってきたんだ。もっと早く事実を伝えておくべきだった。いや、そもそも俺のような奴がここにいるべきではなかった──。
 「大丈夫さ」無理に吐き出した言葉は震えていなかったが、思っていたよりずっと頼りなく聞こえた。「だからもう寝よう。また明日、な?」
 うん、と頷き、ニーナはようやく少し微笑む。

 「せんせ、だいじょうぶ。ニーナ、つよくなったから。みんなをまもるから」

Book Top  目次   back    next


inserted by FC2 system