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 戦争とはこんなに退屈なものなのか。前線では毎日のように戦闘が行われているのに、少し離れたところにある村は驚くほど牧歌的で、軍医として派兵されたフランクは肩透かしを食らった気がした。
 前線から送られてくる怪我人を治すのはそれほど難しい仕事では無い。もちろん助けた者をまた前線へと戻す葛藤はあったが、そういうものだと割り切ることで治療に専念することができた。何も考えずに、ただ目の前の患者と向き合う日々。
 前線に合わせて軍隊が移動すると、フランクも各地を転々とするようになる。時々攻撃対象になったこともあったが、どの土地でも死の恐怖に怯える戦闘とはかけ離れた平和さが続いた。
 
 サラと出会ったのは、そうやって赴いた小さな港町でのことだ。地元の人間だったが多少医療の心得があるというので、従軍看護師として採用されていた。

 サラは控え目な性格で、いつも伏し目がちだったのを覚えている。長い髪を一つにまとめあげて、どんな重症患者がきても怯むことなく黙々と働いた。少しずつ話をしていく中で、意外によく笑うのだと気づいて以来、フランクの心の中にはいつもその笑顔が浮かんでいた。

 二人が愛し合うようになるまで、そう時間はかからなかった。身寄りのないサラの為に小さな家を買い、何の変哲もない日常を謳歌する。それは戦時中だからこそフランクが強く思い描いた理想だった。
 だから別の土地から召集がかかっても、どこか楽天的に捉えていたのだ。少し出張に行くようなもんだ。すぐに戻って来るさ、だからちょっと待っていてくれ。そう言って不安そうにするサラを慰めたが、誰よりも自分自身がその言葉を信じていた。

 事実、次の戦場も同じようなものだった。次々と運ばれてくる患者たちは程度の差こそあれ、皆同じような怪我をしてくる。欠損、銃創、切り傷、感染症。相変わらずの激務だったが、以前と違うのはサラの存在だ。彼女が待つ小さな家を思い出しただけで、血と呻き声に満ちた野戦病院でもふとした拍子に心が和んだ。
 サラからの手紙はそれから数か月経ってから送られてきた。
 人から人へと手渡され、ぐしゃぐしゃの手紙に目を走らせる。そこにはフランクの身を案じる言葉、何気ない生活のこと、町で起こったこと──そんな他愛もない内容の最後に、思い出したかのように付け加えられていた。

 『妊娠したの』


 最後の一文を何度も何度も読み返す。擦り切れるほど読んで初めて、じわじわと実感が湧いてきた。
 思ってもみなかったと言えば嘘になるが、自身も動揺するほどの喜びを覚えたのは驚きだった。父親になるなんてどこか遠い国の出来事だと思っていたからだ。
 浮かれていた。兵士たちは相変わらず運び込まれてくるのに、その怪我や死を前にしても考えるのは妻と子供のことばかりだった。早く休暇をとって帰ろう。こんなくだらない、疲弊するばかりの戦争に付き合っている暇は無いんだ。ともすれば湧き上がってくる含み笑いを押し殺しながら日々を過ごした。
 数日後、やってきた交代の軍医に上の空で引継ぎを終えると、フランクは家へ帰る列車へと飛び乗った。
 小さな町の路地の角を曲がれば自分の家があり、そこで彼女が待っている。逸る気持ちを抑えて道を辿れば、そこには見慣れた光景が広がっているはずだった。

 だが、家は跡形も無く消え去っていた。
 まるで最初からどこにも無かったかのように。

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