「それでお前は」
 長い沈黙の後、ローガンは初めて言葉を発した。
 「どうしてアルカディア計画に参加しようと思ったんだ」
 フランクの顔が再び歪められる。わかりませんと告げる声は苦渋に満ちていた。
 「戦争が終わってほしくなかった。〝子供〟と離れたくなかった。だけど終戦を迎えて──俺の居場所は、本当に無くなってしまった。それからの俺は俺じゃなかった。酒と安価な精神安定剤だけが唯一の拠り所になっていた時、教授、あなたからの手紙が届いたんです」

 そこに記されていた懐かしい名前を読むと、忘れかけていたかつての記憶がまざまざと蘇ってきた。医学の道を志していた頃、よく叱り飛ばされていた強面の教授。恐ろしいが、誰よりも医療と患者のことを考えていた姿を思い出すと、フランクの体は自然と外へ向かっていた。

 7人の子供たちの名を見た瞬間、これが罰なのだとしたら随分都合がいいな、とフランクは内心密かに嘲笑った。神様は俺を殺しもしなかったくせに、こんな小芝居ばかり上手くやる。
 「恐らく俺は怖かったんです……これ以上自分が腐っていくのが耐えられなかった。どこまでも自分本位な考えで、勝手にあなたへの恩返しだの贖罪だのと言い訳していた。ナトゥール研究所の奴と何も変わらない。あの子たちのことを、自分の贖いの道具にしようとしていた。俺はもう、本当に……馬鹿だった」
 子供たちと出会ったのが正しかったのかどうか、今でもわからないままだ。身を切るような後悔の中にあっても、子供たちと過ごした日々は美しかった。
 美しすぎた。
 剥がれかかった爪を握りこんで、肩を震わせる。
 誰か、あの子たちを助けてください。俺のことなんてどうでもいい。どうか、あの子たちを。
 苦悩に満ちた告白を聞いても、ローガンは目を逸らすことなく元教え子の打ちひしがれた姿を眺め続けた。
 「可哀想に。フランク、お前は狂ってるよ。狂わせられたんだ」
 ぽつりと零れた言葉に後悔と憐憫の響きがあった。フランクは震えながら肯定の頷きを返した。
 「……わかっています。でも、こんなどうしようもない俺でもあの子たちに、灰の館の子供たちに、救われていたんだ……」

 ***
 
 ローガンは部屋を出ると、廊下に立っていた男の肩を一度叩いてその場を後にした。ひとり部屋に残してきたフランクは怪我が治り次第アダムス機関の保護対象となるだろう。アルカディア計画のこれからのことや逃げたコンラッドの捜索など、やるべきことは山のようにある。
 だが今、ローガンの心を占めているのは別のことだ。
 「……灰の館の子供たち、か」
 呟きは人気の無い廊下に落ちると、どこへともなく消えていった。

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