詳細は、マスコミの取材で明らかになった。
 事故は自動運転のAIが暴走したことによるもので、暴走の原因は全くの不明と発表された。自動運転を信用していなかった壮年世代は、それ見たことかと一斉にAIの性能を批判した。
 もう一つの要因である、運転手の発作も検証された。
 運転手──園崎は一命を取り止めた。心筋梗塞を発症していたが、早い応急処置が効を奏し、入院しただけで済んだらしい。
 意識を失ったとき、園崎の足がアクセルを踏み抜いていた為に車が暴走したのではないかとマスコミの一部は報道したが、事実はうやむやになったまま、次の話題へと移っていった。
 そしてニュースや新聞記事のどこにも、近衛たちの話題はなかった。

 「ニュースにはなったが、死亡記事にはならなかったな。お前たちの目撃証言も綺麗サッパリ消されている」
 五十嵐が新聞を折り畳みながら笑う。新聞には事故車両の画像が載っていたが、谷上の死亡を伝えるものでは無かった。
 都内のカフェは混雑している。一角で待ち合わせしていた近衛は、席につくなり五十嵐に切り出した。
 「本気でするおつもりですか」
 「何を」
 「予知による死の回避を、これからも続けるつもりですか」
 五十嵐はゆっくり新聞を脇にどけた。
 店内は程よく話し声が満ちており、人に聞かれることはまず無い。それでも五十嵐は声を落とした。
 「俺がどうしてこの件を請け負っているか、お前に話していなかったな。言っただろう、諸外国では予知が公然の秘密として扱われている。しかし予知はテロの発生場所や時間だけを知らせるものじゃない。今はまだ秘密にしておきたい情報が、未来予知によってバレる可能性だってある」
 それは国家にとっても恐ろしい事態だった。情勢が予知を通して他国に知られれば、国際社会における力関係すら変わってしまう恐れがあった。
 「だから、国は徹底的に予知者を管理する必要があったんだ」
 近衛は机を指で叩いた。
 「由岐を軍事利用でもするつもりですか」
 「場合によってはするだろうな。実際、予知者を欲しがってる国はいくつもある。未来がわかれば今が変わる。そう考えてる奴が、一定数いるのさ」
 しかし、と五十嵐が腕を組む。冷めたコーヒーを睨み付けているようだった。
 「ここがこの国の悪いところなんだが、上には予知を冗談か詐欺位にしか思ってない奴がごまんといるんだ。まぁ確かに、昨日の今日で未来予知を信じろだなんて無理かもしれん。俺も最初は何かの冗談かと思ったくらいだ。しかし……お前も知った通り、予知の精度は高い。と言うより、今のところほぼ100%だ。予知は立派な情報源になりうる。にも関わらず、上は信じない。そこで何か功績を立てる必要が出てきた。そして俺に白羽の矢が立ったんだ。予知を使って何かしらの手柄を立ててこい、とな」
 「何故、あなたなんですか」
 切り込んだ近衛に苦笑いを返した五十嵐だったが、誤魔化しきれないと悟るとため息をついた。
 「俺が適任だったんだ。親父さんの娘である由岐ちゃんに接触しても不自然じゃないし、それに……数年前、俺はとある刑事を庇った」
 近衛は一瞬、息を止めた。
 「……その刑事は、不幸な事件を起こした。死者は出なかったが、白昼、人通りの多い繁華街で、あろうことか家族を撃ったんだ」

 『お兄ちゃん。私のことはいいから、撃って』

 脳内に、由岐の声が木霊する。
 あの日、あの時、どうして自分は撃ったのか。他に方法はいくらでもあったはずだ。応援の到着を待つなりすればよかっただけなのに。

 「通り魔は通行人を切りつけた後、由岐ちゃんを人質にとった。そこに、別件を捜査中だった刑事が通りかかった。刑事は犯人に向けて発砲した」
 淡々と、五十嵐は何かを読み上げるように話す。近衛は項垂れ、唇を噛み締めた。
 「……弾は、由岐ちゃんのこめかみを掠めた。犯人は逮捕され、人質だった由岐ちゃんは病院で治療を受けた。しかし、刑事が置かれた立場は最悪だった。なにせ白昼堂々、身内とは言え、民間人を撃ったんだ」
 頭から血を流す妹を前にして、ただ狼狽えることしか出来なかったあの日。
 取り乱す近衛に、五十嵐は言った。
 ──お前と由岐ちゃんは、俺が守る。それが、親父さんとの約束だから。
 「俺は四方に手を尽くし、その刑事の立場を守ろうとした。少なくとも、世間からのバッシングは最低限にしよう、とな。それで今度は俺の立場が悪くなった」
 初耳だった。
 顔を上げた近衛に、五十嵐は肩を竦めてみせた。
 「おいおい、そんな顔をするなよ」
 「聞いてません! まさかそれで刑事を……」
 声がでかい、と五十嵐が手を下に振る。近衛は椅子に座り直した。
 「だから言いたくなかったんだ……俺が刑事を辞めたのはお前のせいじゃない。別の所から声がかかったんだ。とにかく俺は今の立場に満足しているし、出来るならこの仕事を続けたいと思っている。公安の仕事なんかじゃない。人の運命を変える仕事を、だ」
 近衛はテーブルの上に置いた自分の手を、じっと見つめた。
 谷上の一件は、ただ運が良かっただけかもしれない。あんな事故や事件に度々巻き込まれていては、いつ命を落としてもおかしくないだろう。
 だがそれは同時に、不思議な感覚でもあった。予知や運命は絶対的なものではないのだ。
 人の死を回避する。その為の実績を作り、人々を救う。
 それが、妹を予知者にしてしまった自分の役目だ。
 顔を上げると、近衛はゆっくり頷いた。
 「……俺にやらせてください」
 「いいのか?」
 「五十嵐さんも言っていたでしょう。俺が適任だと」
 そうだったな、と五十嵐が笑う。だがすぐに笑顔を消し、真正面から近衛を見つめた。
 「厳しい仕事になる。これからどうなるのか、正直なところ俺にもわからん。だが、出来る限りのことを約束する」
 差し出された五十嵐の右手を握り返し、近衛はもう一度頷いた。

 「おっと、言い忘れてた」
 カフェを出て分かれる間際、五十嵐が振り返った。
 「前に伝えていた会社だが、意外と早く準備できそうだ。どうやら”上”が今回の件を受けて動いたらしい」
 「本当ですか」
 死の回避は思った以上に効果的だったらしい。それとも予知の精度を思い知って、今更慌てふためいているのか。五十嵐はどこか面白そうな口ぶりだった。
 「あぁ。それじゃ、また追って連絡する。由岐ちゃんのところへ行くんだろう? 早く顔を見せてやれ」
 まるで犬を追い払うかのように手を振る五十嵐に、近衛は深々と頭を下げて、その場を後にした。

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